山形県鶴岡市にある「社会福祉法人 地の塩会 荘内教会保育園」

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2020年8月10日

私たちの内部に「平和の砦」を
-心の虚無と貪欲が問題-

矢澤俊彦



恐ろしい世界大戦を経て 人類がいよいよ幸福な時代を迎えるだろうと期待されていた20世紀。でもその夢とは全く逆に、私たちは有史以来空前の世界大戦を1度ならず2回も行ってしまいました。それはそれは残虐で悲惨、恐ろしき大戦争でした。それまで近代人が蓄積してきた知性や富、科学技術を総動員し、人類あげて巨大な悪の道に走ってしまったのです。そのスケールはとても信じがたいほど、大きいものでした。

 2度目の大戦がやっと終った時、生き残った世界の人々はまるで悪夢から醒めたような思いで、「いったい俺達は何ということをしてきたのだろう」、と驚きあきれ、もうこれ以上絶対に戦争はすまい、と固く決意。世界の指導者たちは深い反省を持ちより「国際連合」という組織をつくり、これによって、その後の人類の平和的共存に全力を傾注することを誓い合ったのです。

 その国連の働きを支えるべく「ユネスコ」(国連教育科学文化機関)が創設され、その冒頭に、大変印象深い有名な一節が記されました。すなわち、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というものです。

挑発にのらない砦を これを私なりに読みとけば、戦争は外部の事情や、あの国この国などのせいで起こるのではなく、実に私たち一人ひとりの内部から発生するもの。たとえ外から攻撃され挑発されようとも、それには容易に乗せられない堅固な「平和のとりで」を営々と築いていかねばならないというのです。相手が悪い、と責め、自分を肯定するのは簡単です。でもよく考えてみれば、国家間の戦争や地域紛争だけでなく、家庭や友人関係、また職場や社会的諸問題でも、その究極の発生源は、自分の内部にある、という深い気づきが大事なのです。

 いや、こっちも悪いかもしれないが、相手も悪い、と思うかもしれません。でもそこで立ち止まらないで、さらに掘り下げていくのです。するとそこに自己中心、責任転嫁、悪意や憎悪などが隠されているのでは?

内心の虚無が問題 第1次世界大戦の時、従軍した経験のある英国の歴史家アーノルド・トインビーは、人の内心の悪の根源が「虚無」にあると洞察し、これが国家民族にもあることを指摘しました。その虚無とは私が思うに心の奥底にある「むなしさ」であり、そこから空虚な虚栄心や限りない貪欲(どんよく)がでてきます。そして個人としては、財産や世間の賞賛などを追求し、国家民族は、とかく強国を目指し、経済力や領土拡張を求め、侵略戦争や植民地主義にうったえたりしてきたのです。相手は共に生きる友人であるより、負けたくないライバルであるとすれば、いさかいも起こりやすい。両者の心も空虚に支配され、深い自信も寛容もないからでしょう。

自己の内部に大穴が このことに関連して、ロシア19世紀の大文豪レオ・トルストイは人気絶頂のさ中にいた時、思いがけない自己発見をし、それまでの大作をすべてごみ箱に捨て去り、それ以後、作風もテーマもすっかり変わってしまったのです。その気づきとは、人間の心の底には、途方もない大きな穴があいており、それはどんなに世界中の喝采を受けても埋まるものではないこと。たとえ全世界を自分のものとしたところで満足せず、死の恐怖も消えるものではないという気づきでした。この大いなる空虚を充足できるのは、ロシア民衆に浸透し、作家ドストエフスキーも明らかにした神に本気で向かうほかなかったのです。

トインビーの「タンハ」(貪欲) トインビーも人間の心に救う「タンハ」(チベット仏教の言葉)という傾向を再三指摘しています。それは自分のために周囲のすべてを利用し、はては宇宙すら搾取し強奪しようとする欲望であるというのです(『未来に生きる』講談社)。そういわれてみると、近代の列強諸国がやってきたこと、ことにあのヒトラーの向かったのはまさにそういう世界制覇であったと思われます。

 ここまで考えてみると私たちは人間というものの、底知れぬ不気味さを感じ、身震いするほどです。しかしトインビーは我々の横へ広がる「拡張主義」に代わり、他者と「愛」において結びつく時、強い支配欲、権力欲にも歯止めがかかり、精神は、一転して平安と落ち着きを得るというのです。

 そこでトインビーは高等宗教と呼ぶものの役割に注目するのです。それらは、この宇宙を最も深い究極のところで支え、私たちに愛のエネルギーを送ってくる。この大いなるお方によって人類の多くが精神的満足を得ることができれば、それが世界平和に通じると私も思うのです。

政治家に必要な精神性 ここで話を「平和の砦」に戻しましょう。もし私たちに深い充足感や安らぎがあれば、たとえ周囲から威嚇され、挑発され、火矢が飛んできても、容易にそれらに反発しない度量が備えられるのではないでしょうか。国家の場合、ことに政治的指導者たちがこういうゆとりと寛容の精神を身につけていることが大変大事であると思われます。特に核戦争の危険のある現代、私はこのことの重要性を強調したいと思います。 

日本の国の大失敗 私たち日本人もとんでもない侵略戦争の道を歩んでしまいました。それは、当時の世界に政治家も国民も盲目で、国家的エゴイズムの道をつき進んでしまったからです。あれから75年後の今、改めて国民自らざんげし、各自の心中に平和の砦を建設していきたく思います。そして今後は、日本国家の繁栄や国益を第一にせず、「世界の平和」を第一義の価値とし、国連の力を今の何倍にも強化していくことに全力を注がねばならない、と思うのです。

歴史から学ぶ力は? しかしながら、ここで気になるのは、私たちも世界も過去の経験からどこまで本当に学ぶことができるのか、これまでの失敗を繰り返さないことがどこまでできるのか、という問題です。再び、トインビーを引用させてください。 「あなたは、どの程度まで両親の経験に学ぼうとする気がありますか。それに、あなたの両親は、どの程度まで子供たちに自分の経験から学ばせることができたでしょうか。非常に多くの人間の経験が、無駄に消え去っているのです」(同上書)。私たちは、とかく頑固で、他人や先輩から学ぼうとせず、初めから学習し直さなければならないのでは・・・と警告しています。 さて読者の皆さん、のんびりしてはおれません。時間がある今がチャンスです。震い立って、少なくも明治からの現代史をしっかり学び直そうではありませんか。

結びに4点 結びにここまで記してきましたので長くなり恐縮ですが、次の4点を付加させてください。

★ 『忠臣蔵』の物語が国民に浸透しているお国柄のようですが、今後は我々ももっと高い次元のあり方が求められている国際環境となっています。ことに政治家はよく自己を統御し、博愛の人を目指してほしい。「不正には抵抗せよ、ただし非暴力で」とガンジー。「復習は神に任せよ」と聖書にあり、「我がやいばを砕きたまえ、さらば我が仇(あだ)に打ち勝つを得ん」と、讃美歌にもあります。

★ 個人にふさわしい倫理的考えや行動を、集団や国家などにそのまま求めることはできないことは私も承知の上です。しかし核戦争を避けるためには、人類が結束し、最高の叡智を結集させねば、そのためにも国連の強化が急務であると思われます。

★ 宗教と暴力との結びつきが指摘されます。これについて、宗教も猛反省すべき点が多くあります。ただしそれをもって宗教の平和貢献への意義を否定するのは、湯水とともに赤子を流してしまうような愚なことではないでしょうか。

★ 国民の多くがトインビーのいう高等宗教に帰依することで、日本人も長く悩まされてきた民族的自虐から救われると思います。神仏とともに高い視点から自分の事跡をふり返り、過ちをざんげするとともに、大きなゆるしと励ましを頂くことができるからです。

 「平和を願う」国民の声は満ちています。ただそれだけでは、不足と感じてきましたので、このような文を記させて頂きました(鶴岡市本町三丁目日本基督教団荘内教会牧師・同保育園長)。

荘内日報に掲載されたものです



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