山形県鶴岡市にある「社会福祉法人 地の塩会 荘内教会保育園」

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2022年12月20日

クリスマスの消えざるメッセージは
―なんと馬屋で産まれた救世主―

矢澤俊彦



 日本では、クリスマスは12月25日で終わり。ツリーも飾りつけもイルミネーションもすっかり取り外されてしまいます。でも本当は、クリスマスは、25日より始まるのです。誕生したキリストが成長していくように私たちの喜びも安らぎも大きくなっていく。降誕物語に出て来る東の国の博士たちがベツレヘムに到着したのは1月6日とされていますし(栄光祭)、キリスト教の盛んな国ではもう1月いっぱいクリスマスなのです。そこで今日はもう一度この救い主(メシア)誕生という大きな出来事からいくつかのことを拾ってみたいと思います。

① 権力者の暴力 世界の救い主がいったいなぜ馬小屋に追いやられて産まれたか。これには深い意味がありますが、直接的な理由の一つは、当時の権力者の横暴でした。当時のユダヤ地方は、ローマ帝国の支配下にあったのですが、時の為政者が税の増収を狙ってか、住民すべてに人口調査を実施し、みな出生の地に行き、登録せよという勅令を出したのです。その対象は、例外は許されず、出産を控えたマリアと夫ヨセフもナザレ村から長く苦しい旅を強いられたのです。砂漠も続く長旅を強制する独りよがりな政治家の残虐さを感じざるを得ません。そこに住民のためを思い、人々に仕える精神はまったく見られないのです。この命令を伝えに走った伝令に泣きつく人がいたとしてもこれは皇帝の命令として一蹴されたのです。

② 宿屋のおかみさん やっとの思いでたどり着いたベツレヘムで3人は必至で宿泊の場所を探します。ところが何件めぐっても宿屋のおかみさんがマリアたちを玄関払い。ジロリと意地悪そうな目で見て曰く、うちはもうお金のたくさんあるお客様でいっぱい。お部屋は一つも空いていません。
 これには考えさせられてしまいます。先程の権力者にも似て、彼女たちの頭にあるのはお金だけ。お金がなければどうしようもないという考えなのです。現代人もこのようにマインドコントロールされているのです。お金よりはるかに大切なものを見失っているのです。経済発展や物の豊かさや便利さを一応は手にした先進諸国の人々も決して幸せとはいえないのです。目の前に赤ちゃんが産まれそうな妊婦を見ながら自分では何の同情も感じないで厄介払いでもするように「他に行け」と追い出してしまう、この無慈悲な冷酷さはひどいものです。自分の財産にせよ教養にせよ、社会的地位にせよ、自分の欲望を追求している人は他者に対する感心も愛情もない氷のような冷たい人間になっていることに気づかないことが多いのです。
 同様にその時町中のホテルをいっぱいにしていた旅の客人たちも自己中心の生活で忙しくしていました。「客間には彼ら(2人)のいる余地がなかった」とルカ福音書は伝えていますが、この「余地」という言葉は英語では、”room”となっておりこれは文字通り部屋であるとともに心の余裕をも意味しています。人々は日常の生活に忙しくそれだけで心をいっぱいにしており、他人、客人、旅人、貧乏人や病人、また異邦人などを迎え入れるほんのわずかな精神的余地も持ち合わせていなかったのです。

③ 馬小屋 こうして人間の世界から追放されてしまったヨセフたちが導かれたのが山辺にある家畜小屋だったのです。この意味も絶大なものがありますね。そこで直ちに思うのはこの救い主は、この世から捨てられ追い払われた人々のために生れたことです。しかしまずこの赤ちゃんを歓迎してくれたのは、なんと馬や牛、ロバやヤギなどの動物たちだった。みんな拍手をしながらさあどうぞと場所を開けてくれたのでした。何と優しい動物たち!イエス様は、人間を救うだけではなく、この世界の生き物すべての味方なのです。今人間たちによって多様な生物が虐待され、生存が脅かされている時、まず私たちがどん欲や搾取から解放され、動植物の優しさに応え得る人となりたいものです。  それにしても人間の世界から追放されて家畜小屋で誕生したとは、なんという驚きであり、皮肉であり私たちを深い眠りから覚醒させられる出来事ではありませんか。

④ 野原の羊飼い 牛や馬についで最初にキリストを礼拝するために訪れたのは野の羊飼いでした。彼らは、今でいう3Kの生活者で周囲の人々から嫌われ、軽蔑され、仲間に入れてもらえない人々だったのです。この世界で一番疎外され、疎んじられている人々にまず天使からのお告げがあったのです。イエス様に出合った彼らは、もう貧しさも世間からの偏見や冷徹な目もなんのその。彼らの心は神様の深い愛と喜びで包まれたのです。

⑤ 東方の博士 この人々は、物心両面に恵まれ社会的地位もあり、周囲の人々から尊敬を受けていました。こんな何不自由なき生活をしていた人々があるとき大きな星に導かれてとても長く苦しい砂漠の旅に出たというのです。いったいなぜ?博士たちの心中には、どんな思いや不安が隠されていたのかこれが問題です。この文で述べて来た権力や経済力、それに名誉などを付け加えても何か決定的なものが足りないという痛烈な思いに押し出されて、ほとんど無謀といえる決死の旅を敢行したのです。そして3人の感動は、大変なもので、この世界のどんな宝にも勝るものでした。人は、世界のどん底で笑いつつ支える、神様の愛で生きることをクリスマスは告げているのです(鶴岡市本町3丁目 日本基督教団 荘内教会牧師・同保育園長)。

本文は荘内日報に掲載されました

 
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