山形県鶴岡市にある「社会福祉法人 地の塩会 荘内教会保育園」

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2021年3月24日

人類に必要な保護者
-受難節から復活節へ-

矢澤俊彦



幸いな人生 どんな人でも楽しい人生。充実した喜びを求めています。そこでどういう時や場合に楽しさや幸せを感じるかを考えてみますと、それは自分がそこで受け入れられていること、自分のしっかりした居場所があること、周囲に歓迎されているので、思い切って自由にものが言えたり、行動できる時ではないでしょうか。そこになんの不安もなく、圧迫や威嚇を受けることもない伸びやかな世界です。

幼児の世界 ところで私のところにもある保育園で遊ぶ子供の姿を見ていて、彼らこそ、充実した瞬間の連続を生きて、本当に幸せそうな気がするのです。その走り回る姿や歓声、歌い踊り、自由にしゃべりまくる。まさに持てるエネルギーを全開させて、今日も遊びまわっています。私は、つくづく彼らのように生きたいものと思わざるをえません。

保護者がいること しかしどうして幼子たちは、あれほど天真爛漫に、なんの思いわずらいもなく、彼らの人生を謳歌することができるのか。以前から私は、とても不思議に思っていました。まるで違った世界からやってきた異人種のように感じられるからです。私が近年遅まきながら気がついたのは、あまりにも単純なことでした。それは幼児には父母あるいはそれに代わる保護者がいるという事実です。親たちの深い愛情を受けていればこそ、たとえ親元から離れてもあんなにして思い切って活動できるのでしょう。そんな保護者に恵まれなかった子供たちが幸せになるのは、容易ではないでしょう。

幼児の変貌 さて次の問題は、その魅力いっぱいで輝いている幼子が小中学や上級の学校に行くにつれて、いったいどうして変貌し、私たちのよく知っている元気ない、無気力のような暗い青少年となって行くかということです。もちろん例外も多々あると思いますが、おそらく大多数は、そのような傾向であることは間違いないでしょう。その理由はいろいろに言うことができるでしょう。子供を取り巻く環境の変化、各自に要求されることも圧迫の要素となることも確かです。

自分が保護者に でもそういう中でいわゆる「自立」の道を歩みださねばならない。もう父母のような保護者に頼っていることはできない。すなわち自分の身は自分で守る、いわば自分自身が自分の保護者となるという大変困難な道を歩みださねばならないのです。その過程であの天真爛漫性は、姿を隠し意識の底に押し込められてしまうのです。そしてたぶん無意識のうちに彼らは、かわいい羊変じておおかみになっていくのです。周りの人々がみなライバルや敵のように見えてくる。広いジャングルの中に解き放たれたおおかみは、時に猛獣となって手当りしだい仲間を食い散らすようになっていくのです。

寂しい無数の一匹狼たち これが保護者を失い、自分の自立も保護も中途半端にしか出来ず、今の世界の殺伐さを増強している私たち大人の姿ではないでしょうか。歴史家A.トインビーは、私たちが保護者を失った結果、手にしたものは「孤独と虚無と盲目」であると言いました。まさに寂しい、おびただしい数の一匹狼たちが、行き先もわからず、さまよっている、これが今の地球上の姿なのです。人をすぐ上下関係で見る、弱いと見れば、利用し、強いと見ればおべっかを使う。そこに家庭内から始まり、国際戦争に至る権力争いあり、あらゆる形の差別あり、搾取あり、かつて味わっていたはずの人間らしい優しさはすっかり姿をひそめ、今の阿鼻叫喚の世の中となっているのです。

大人も保護者を求めて さてこの現状を根本的に変えるには、どうしたらよいでしょう。そこで幼子たちに改めて目を注ぐと、私たち大人も失ってしまった保護者が必要なことに気付くのです。そこで私たちは懸命になって自分を守り、支え、力づけてくれる何かを求めています。私たちは愛する人や家庭、仕事を支えにしたり、趣味や音楽やスポーツその他の世界に身を寄せたりして安心を求めます。でも残念ながらこの世のすべてのものは、あまりにうつろい易く、不完全で、ひ弱でもあり、私たちを十分に保護することはできません。ここはよく考えてみねばなりません。

人類へ偉大なる保護者出現 ここで結論になりますが、そんな哀れな私たち一人ひとりのために現れたすばらしい保護者がイエス・キリストだと私は考えています。彼がどんなに弱きもの、小さきもの、病人や寄る辺なきものたちの力ある保護者であるか、私たちのおおかみ性を消し去り、もう一度あの純粋で素朴な人間性を回復してくれる方であるか、それを聖書は記しています。

十字架と復活 ところが不思議なことが起ります。そのありがたい大いなる父親のようなキリストを人類は、十字架にかけてこの世から追放してしまうのです。これはとても深い謎で自分たちの心の中をよく振り返ってみる必要がありそうです。実は28日(日)は、「受難週の始めの日曜日」で十字架の意味についてよく考えようとしているのです。そして一週間後の4月4日(日)にやって来るのがイースター(復活祭)です。十字架で死んだキリストがなんとその死に打ち勝ち、私たち人類を不滅の生命に導くために、墓からよみがえった喜びの大祭なのです。この喜びによって私たち大人もこの困難な時代にありながら、あの幼児たちのようなすばらしい人間性を湛えて生きることができるのです。このイースターについては、もう一度記しましょう。

(これは荘内日報に掲載されたものです)



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