山形県鶴岡市にある「社会福祉法人 地の塩会 荘内教会保育園」

   トップページ > 情報発信 > 月曜礼拝の記録 2025年度

トップページ 園の紹介 園の行事や1日の生活について 幼児絵画展や海外交流について 情報公開 入園案内やお問合せ 園職員の募集について 園長・役員・職員の投稿記事等


情報発信

前のページに戻る




食べてはいけない木の実を食べた
創世記3章

2026年9月7日

(礼拝カード NO.20 お話 江口園長先生)

★ この世界をお創りになられた神様は、創造の最後に、人間をご自分と同じ形に創られました。最初に創られたのは、男性で、アダムさんでした。アダムとは土という意味です。次に神様は、アダムさんのパートナーの女性エヴァさんをお創りになりました。エヴァとは命の母という意味です。神様は、二人をとても愛されましたが、名前で二人を呼ぶことはありませんでした。神様は、二人のためにエデンの園という楽園を造り、そこに二人を住まわせました。エデンの園では、美味しい木の実や、美しい花々が咲き誇り、人が住むには最高の場所でした。神様は、二人を呼んで「園のどの木の実をとって食べてもいいよ。どの木の実もとっても美味しいよ。でもね、園の真ん中にある善悪の知識の木の実だけは食べたらだめだよ。食べれば死ぬから」と言いました。二人は、「その木の実は絶対食べない」と心に誓いました。でも二人は、思いました。善悪の知識の木って、変わった名前だなって。

★ さて、ある日のこと、蛇君がエヴァさんに近づいて、こう言いました。「こんにちは、エバさん。ちょっと聞きたいのですが、神様は園のどの木からも取って食べるなと言われたのですか?」。するとエヴァさんは言いました。「へびさん、違います。園のどの木から取って食べていいのですが、その中央に生えている『善悪の知識の木』の実だけは食べてはいけない、食べると死ぬと仰ったのです」と言うと、蛇君は、「食べても死ぬわけないよ。神様は、もしアダムさんとエヴァさんが食べたら、目が開けて神様と同じように善悪を見分けることができるようになることを、恐れて嫉妬しているのだよ」と言いました。

★ それを聞いたエヴァさん、心に思いました。「蛇さんの言うことなんて信じない。あの木の実を食べたら死ぬ。神様の言うことが正しいに決まっている」と思いながら、園の中央にある木の実を、ふとエヴァさんは見つめました。するとエヴァさんは、その木の実、すっごく美味しそうね、っと見惚れてしまいました。その時エヴァさん、思いました。「神様は、私たちにあの木の実を食べるなとは仰ったけど、見るなとは仰ってないよね」じーと、エヴァさんは、その木を見つめました。エヴァさん、心に思いました。「神様は、食べるなと仰ったけれど、近づくなとは仰ってないよ」。園の中央の木に近づいて、木の実が手の届くところまで、エヴァさんやってきました。エヴァさん、また思いました。「神様は、この木の実を食べるなとは仰ったけれど、取るなとは仰ってないね」。エヴァさん、木の実をとってしまいました。エヴァさん、思いました。「神様は、この木の実を食べるなとは仰ったけれど、匂いを嗅ぐなとは仰ってないよね」。エヴァさん、その木の実の匂いを嗅ぎました。あー、なんて甘酸っぱい美味しそうな匂い。エヴァさん、思いました。「神様は、この木の実を食べるなとは仰ったけれど、なめるなとは仰ってないよね」。エヴァさん、その木の実をなめました。そしてなめ終わった後、エヴァさんは、その木の実をとうとう、食べてしまいました。あー、なんて美味しいんだろう。

★ エヴァさんは、夫のアダムさんにも、その木の実を差し出して、こんな美味しい果物ないよと言って、アダムさんも、すっごい美味しいねって嬉しくて嬉しくて、その木の実を食べました。アダムさんは、あんまり美味しかったので、エヴァさんに、この木の実はどの木の実なのと聞くと、エヴァさんは、突然、悲しい顔をして目を下に向けました。そしてエヴァさんは、小さな声で「この木の実は、神様が食べてはいけないと仰った、園の中央にある善悪の知識の木の実です」と言いました。それを聞いたアダムさん、「あー、あなたは、何ということをしたんですか」と叱りました。するとその時、それまで聞いたことのない大きな大きな足音がしました。アダムさんは、「あ、これはきっと神様に違いない。エヴァ、隠れるぞ、私たちは神様が食べてはいけないと言われていた木の実を食べて、きっと殺される。私たちは罪を犯したんだ」と。アダムさんは、エヴァさんと一緒に、森の中に隠れました。「ここなら、神様でも分からないさ」と言って。

★ 大きな大きな足音の後、「アダム、あなたはどこにいるのですか?」と優しいけれど、心に響く神様の声がはっきりとアダムさんの耳に届きました。その時、アダムさんは初めて、はっと心に思いました。「今まで神様は、僕のことを、アダムと名前で呼ぶことはなかった。でも、今、初めて僕のことをアダムと神様はお呼びになった。ぼくたちが神様の言いつけに背いて罪を犯した時、はじめて、神様は、僕の名前を呼んで下さった。普通だったら、悪いことをしたなら、罰せられて見捨てられるはずなのに、殺されてもおかしくないのに。ぼくたちが最も、間違ったことをした時、神様は、愛をもってアダムと名を呼んで下さった」。

★ そうです。神様は、私たちが罪を犯した時にこそ、大きな大きな愛と赦しをもって、私たちを包み込み、一人一人の名前を呼んで、その罪を受け止め、もう二度と罪を犯さないように、愛をもって導いて下さるお方です。神様の大きな大きな愛に感謝しましょう。



前のページに戻る